嚴島神社錦包籐巻腰刀復元(刀身製作)報告
2020年12月03日
今回は、腰刀と小柄・小刀の復元について報告させていただきます。
腰刀について
太刀の復元は、薄くフィットした拵えの復元のため、現存作品に近い姿を目指しましたが、腰刀(剣)については、鎺製作のため当初の姿を想定し、現存の刀身よりも一回り大きく製作しました。
製作途中の剣 3振り
経緯
太刀の復元では、拵えの鞘が非常に薄く作られていたことから、腰刀も同様であろうと考え、拵え写真を元にいっぱいの幅と長さで試作。
しかし、調査が進み、鯉口金具の内径(幅約18㎜)から、鎺が入らなくてはならないことから、非常に細身でなくてはならないことがわかりました。
さらに、刀身押し型を見て頂くと、研ぎ減りのため、区(まち:刀身の刃の部分と茎(なかご:握り部分)の境目)がなくなっています。この形では、鎺を作ることが出来ません。そこで、鎺師さんの意見も取り入れながら、拵えの目釘穴の位置から、区の位置を決定しました。区の深さは、約2㎜とし、現存する刀身より4㎜幅広に製作することにしました。現存する剣の鎺あたりの幅は、約12.7㎜程度でしたので、元幅は、約16.7㎜前後にすることにし、押し型では、刃文が、ほぼ1㎜であることから、焼き幅を約3㎜にするよう努めました。
押し型を利用して作った紙形を上の目釘穴をそろえてあてがってみると、拵えに対して剣がとても細くて短く感じます。さらに押し型では、刃文が、かなり目釘穴に近いところまで描かれていました。普通は、茎のヤスリ目をつけるときに焼きがあると硬くてヤスリがかからないため、鎺の中くらいまでしか焼きを入れません。磨上げの時には、部分的に焼きを戻すこともあります。
目釘穴を子細に見ると、下側の目釘の穴が僅かに大きく感じました。古い目釘穴は、入り口が大きく中が細い感じで、比較的大きいことが多く、錐で正確に開けられるようになると入り口も中も同じ太さで、まっすぐな穴になり、小さく感じる傾向があるようです。このことから、元々は、下の目釘穴を利用していて、何らかの理由で、短く磨上げたのではないかと言う推測も生まれます。しかし、2つの目釘穴を開けて、単純に下の目釘穴を活かした場合、上の目釘穴が、鎺の上に出てしまうので、好ましくありません。
また、刀身は短くても、拵えは、大きく作られている腰刀や短刀の事例は、しばしば見受けられるとの情報をいただきました。実用に適した長さは短くても、拵えの形のバランスや鎧を着用したり、正装したときに、外から見たときの姿のバランスに気を配って拵えが作られたためかもしれません。
あるいは、私達は、拵えの長さから刀身を想定しがちですが、刀身が短ければ、長い刀身よりも瞬時に動くことが出来ます。相手の思惑よりも素早い動きは勝利につながるかもしれない。見た目よりも、このことに注意したのかなど、色々と想像させる作品です。
とりあえず押し型の刃文を重視することとし、まず下の目釘穴を生穴(うぶあな:最初に開けられた穴)と仮定して刀身を製作し、それを磨上げて現状の姿にすることにしました。
イメージ資料を作成しましたので、ご覧ください。
製作途中の剣の写真3振り。一番下の形から、上の形に磨上・姿を修正して完成させていきます。
裏側には小柄が入っていた小柄櫃(こづかびつ)がありますが、小柄も小柄小刀も残っていません。さら籐が巻かれているため、装着出来ないことから、籐は錦の剥離を防ぐために巻かれたのではないかと思われます。
腰刀(剣)復元の取り組みイメージ資料
(注意)
このイメージ写真資料は、頂いた押し型原図の、刃文や姿の線が細くて薄いため、元の線を鉛筆でなぞって太く濃くしているため元の原図とは微妙に異なります。写真もスナップ写真を元にしていますので誤差があります。さらに、コピーの縮尺能力と、画像ソフトの関係で、精密な写真資料ではありませんが、イメージ資料としてご覧ください。
小柄・小刀について
現存する拵では、小柄櫃と思われる櫃の上に籐が巻かれており、入れられていたと言うものも現存していない、さらに内部も確認できないことから。私たちは、後世の習慣に基づいて、小柄・小刀が入っていたと仮定し、今回の復元では、たとえ入れることはできなくても、小柄櫃から想定した大きさの小柄・小刀を製作することに決定しました。
小刀は、様々な場面で必要なため、古くからあったと思われますが、鞘に装着した小柄小刀の起源として、文献では「今昔物語」の中で笄のことを記した箇所はあるそうですが、小柄小刀にはふれておらず、「蒙古来襲繪詞」の腰刀の鞘に描かれているとのことですが、実物資料として室町時代以前の小柄・小刀の確たるものがないため研究者の中でも確定することができないようです。
ちなみに、近世の一般的な小柄の寸法は「長さ3寸2分(約9.7cm)、幅4分5厘(約1.4cm)」(以上「日本刀大百科事典」雄山閣出版社より)。「小刀の長さは、3寸6分~4寸(約11~12cm)、幅は1.2cm」(「日本刀の副小刀」刀剣春秋新聞社より)と述べられていることから、小柄に入れる小刀は、消耗品ですから、取り替えやすいように規格品として造られるようになったと思われます。また、小柄についても、規格が同じであれば、小柄櫃に入れることができるため、取り替えが可能になります。
鞘師の田澤氏より拵の計測から推測し、小柄幅15㎜、柄の長さ約73㎜、刀身長さ約105㎜であったのではないかという案が出されました。
前出の均整の一般的な小柄・小刀に比べると、この腰刀につけられていた小柄・小刀は、幅が広く短いものであったと思われ、まだ規格化されていなかった古い時代に、所有者の好みで造られたものではないかと思われます。
復元小刀新身状態
今回は、規格外ともいえる、幅の広く、短い小柄を探し、または製作して、それに併せて小刀を製作するのではなく、共柄(刀身と同一の鋼で造られている柄)で製作することにしました。
なお、小柄部分の彫刻について、お手本が紛失していることと、腰刀の復元に当たり、コロナウイルス終息を併せて祈り製作したことから、木下氏と協議し、共にコロナ終息を祈る文様を考え、彫刻してもらうことにしました。
今回の報告はここまでとさせていただきます。
寒くなってきましたが、皆様におかれましても、より一層のご自愛をなさいますよう、ご健勝をお祈りしています。
三上貞直拝